山の神神社(延沢銀山・鎮守社)概要: 山の神神社の創建は不詳ですが古くから野辺沢銀山(延沢銀山)の鎮守だったと思われます(祭神は鉱山や金属を司る神として信仰される金山彦命と安産、子育ての神とされる神木花咲耶姫の2神)。現在は山の中腹にある本社と古勢起屋の建物に組み込まれている里宮(銀山山神社)が鎮座しています。内部の案内板によると松尾芭蕉が尾花沢で10日間滞在した際、野辺沢銀山(延沢銀山)に訪れたのではないかと推察しています。鈴木清風(尾花沢の豪商「島田屋」、紅花大尽とも呼ばれ芭蕉とも親交があった。)の家で行なわれた歌仙興行で芭蕉が下の句で「かがりに明ける金山の神(上の句は清風が詠った「たまさかに五殻のまじる秋の露」)」と詠っている金山の神が山の神神社を指しているのではないかとしています(ただし、芭蕉は温泉に関する詩が非常に限られていることから温泉に興味が無かったとされ銀山温泉には訪れた可能性は低いとも。)。本社の御神体は鉱山が衰退すると何時しか男根になったとされ安産の神として広く信仰されるようになります。特に、神社から神の枕を借り受け産所に入ると必ず安産になるとされ、念願成就すると新しい枕と共にお礼参りするのが慣わしとなっています。現在の社殿は明治時代中期に再建されたもので切妻、平入、鉄板葺、桁行2間、梁間2間、正面1間向拝付、華美な装飾は少ないものの、重厚な造りで木組なども力強さを感じます。山の神神社は鉱山遺跡(疎水抗・銀鉱洞)、延沢城跡(延沢銀山の開発に尽力した延沢氏の居城)と共に「延沢銀山遺跡」として昭和60年(1985)に国指定史跡に指定されています。
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