猿羽根山地蔵堂概要: 猿羽根山は最上郡と村山郡の境で景勝の地であった事などから古来から霊地として信仰の対象となっていました。猿羽根山地蔵尊の創建は不詳ですが平安時代の仁和年間(885〜888年)には既に祀られていたとされ、地蔵尊最上四十八番霊場順礼第48番札所(打留)となりました。歴代領主からも崇敬され中世、一帯を支配した沼沢氏(最上家の一族である清水城主清水家の家臣)が代々守護仏として厚く保護しました。時代が下がり慶長元年(1596)に沼沢家が改めて開基となり寛山了廊大和尚が定泉寺を開山し地蔵尊を本尊としています。
江戸時代に入ると猿羽根峠が新庄藩と尾花沢代官領との藩堺になった為、結界神としても信仰され、宝永5年(1709)には5世髄嶺禅大和尚が前仏として新たに地蔵尊を建立しています。古くから神仏混合していたようで、大きな鳥居とともに山門など寺院建築の要素が境内に混在しています。特に縁結び・子宝・安産・長寿に御利益があるとして現在でも多くの参拝者を集め、日本三大地蔵(岩船山高勝寺:栃木県岩船町・猿羽根山地蔵尊:山形県船形町・木之本地蔵院:滋賀県長浜市木之本町)の1つに数えられています。山形七福神(札所本尊:布袋尊)。最上四十八地蔵菩薩霊場第48番札所。山形百八地蔵尊霊場第108番札所(札所本尊:猿羽根山地蔵)。出羽の国十三仏霊場第5番札所(札所本尊:地蔵菩薩)。
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