| 銀鉱洞(延沢銀山)概要: 延沢銀山は康正2年(1456)に儀賀市朗左ェ門が発見したと言われ、戦国時代には野辺沢氏が支配し、慶長3年(1598)は豊臣秀吉に銀を上納しています。鳥居氏が山形藩城主になると銀山奉公を置くなど積極的に鉱山の開発が進み、寛永年間に最盛期を向え、日本で指折りの銀山に成長していきます。天領になると御公儀山となり、代官陣屋も置かれ多くの人達が鉱山に携わるようになり寺院も48カ寺を数えます。しかし、江戸時代の中期になると次第産出量も減少し閉山します。現在は坑道の一部を開放し内部見学が出来るように整備され、「延沢銀山遺跡」として国指定史跡となっています。
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