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| 口之宮湯殿山神社 |
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| [ 付近地図: 山形県西村山郡西川町 ]・[ 西川町フィールドワーク ] |
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| 口之宮湯殿山神社概要: 口之宮湯殿山神社の創建は、大同4年(809)に空海が湯殿山へ参拝時に大日如来像、大黒天像を彫り込みこの地へ安置した事が始まりとされています。当初は月光山光明院と称していましたが天長年間(824〜833)に湯殿山分霊を勧請して月光山本道寺と改名します。本道寺は出羽三山修験の中心的存在となり大井沢の大日寺、朝日村の大日坊、注連寺と共に湯殿山四ヶ寺の1つに数えられる程に栄えました。湯殿山は山岳信仰の中心の1つとして多くの人々から信仰されましたが、特に歴代領主からの崇敬が厚く多くの社領や奉納物の寄進、社殿の造営などが行われました。近世に入ると徳川将軍家の7祈願所の一つとされ、本堂は桁行63間もある巨大建築が造られましが、戊辰戦争時には徳川縁の寺院ということで標的にされ多くの建物が兵火で消失しました。又、明治時代初頭に発令された神仏分離令によって湯殿山神社となり、仁王像など多くの寺宝が散財しました。現在は社殿が再建されましたが拝殿には佛足石が置かれ、境内には地蔵尊があるなど神仏混合の名残が見えます。
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