山形市: 光禅寺

  業務内容| 建築コンペ作品| 羽州街道ひとり旅| たった1人の秋田まちづくり委員会| みちのく山形県観光記| メール   
  山形県(ホーム)>山形市>光禅寺
 

光禅寺
光禅寺
[ 付近地図: 山形県山形市 ]・[ 山形市フィールドワーク ]
光禅寺 光禅寺 光禅寺 光禅寺
光禅寺概要: 光禅寺は案内板によると「 当寺は慶長7年(1602)羽州57万石、山形城主の最上義光公が大石田黒滝、向川寺9世春林禅寺和尚を拝講して開創したものである。元は慶長寺と称してが元和年間、家親公の時代に光禅寺と改称した。当事の寺は今の長源寺(七日町)の地にあって、寺領250石の御朱印寺で堂塔伽藍完備の寺であったと云う。義光公逝去の後、孫の義俊公の代に至つて最上改易の変に遭い近江の国大森に移封された。元和8年10月、盤城の国、平(現在いわき市)より鳥居忠政公、山形城主に(24万石)なるに及んで、盤城の国より菩提所、長源寺を招致し、光禅寺の土地、建物を長源寺に使用せしめ、当寺を現在地に移転せしめたのである。その時、門前の三日町町民も一緒に移って来たので、元の町を元三日町と称して今日に至る。寺は、明治27年5月、市南の大火に遭い観音堂を残して全焼。貴重な宝物、古文書等を焼失した。寺域内には、最上家三代の墓(義光公、家親公、義俊公)と義光公に殉死した4家臣の墓がある。本堂裏手には遠州流「心字の池」の庭園がある。江戸前期頃作庭。市の名勝指定)他に、永和の板碑(市文化財指定)、観音堂及び輔堂等がある。梵鐘は元禄11年、京都洛陽三条の釜座、藤原国次の作である。」とあります。
 
住宅設計

 
 
 山形県町並み・歴史建築見所ナビ:
|遊佐町| 酒田市| 酒田市:松山町| 庄内町| 鶴岡市| 鶴岡市:藤島町| 出羽三山| 真室川町| 金山町| 最上町| 新庄市| 戸沢村| 鮭川村|
|山形市| 山寺立石寺| 寒河江市| 上山市| 村山市| 天童市| 東根市| 尾花沢市| 山辺町| 中山町| 河北町| 西川町| 朝日町| 大江町|
|大石田町| 米沢市| 長井市| 南陽市| 高畠町| 川西町| 小国町| 白鷹町| 飯豊町|銀山温泉|肘折温泉|楢下宿|湯田川温泉|
 
 
 ※ 相談や質問は大変失礼ですが、メールのみとさせていただきます。 回答によって不都合や不利益をこうむっても当サイトは一切責任を負いません。又、回答を直接的(当サイトの名前を使って)に交渉や請求の手段とすることはご遠慮くださるようお願い申し上げます。 予告なしに追加、書き替えを行いますのでご了承ください。尚、「山形県フィールドワーク」は「山形県の歴史」、「羽州街道をゆく」、「奥州街道」、「郷土資料辞典−山形県」、「日本の城下町−東北(二)」、「パンフレット」、「案内板」、「関係HP」を参考にさせていただいています。