大日坊

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概要・歴史・観光・見所

大日坊(湯殿山総本寺)概要: 湯殿山総本寺瀧水寺金剛院大網大日坊湯殿山の別当4カ寺(本道寺、大日寺、大日坊、注連寺)の1つに数えられた寺院で大同2年(807)に弘法大師空海によって開かれたのが始まりとされます。

湯殿山は古くから神仏習合し湯殿山大権現の本地仏として金剛界・胎蔵界両部大日如来を本尊として祀り開帳が禁じられている秘仏となっています。湯殿山が女人禁制の中、注連寺と共に大日坊は女性の参拝が許されていた為、女の湯殿山とも呼ばれ女性からも信仰されました。

江戸時代に入ると徳川家の祈願所として庇護され春日局(3代将軍徳川家光の乳母)も天下泰平を祈願し大日如来尊像を寄進し、現在は本尊の前仏として安置されています。

その後も湯殿山信仰が広がり多くの参拝者が訪れるようになると寺運も隆盛し慶長19年(1614)に建立された桁行き42間、梁間12間の本堂をはじめ多くの堂宇が軒を連ねる大寺院として発展しました。

明治維新初頭に発令された神仏分離令が発令されると、湯殿山神社と分離する事になり元々檀家が無かった為、急速に衰退し明治8年(1875)の火災と明治27年(1894)の地滑りにより境内が大きく破損し、昭和11年(1936)に現在地に再建されましたが往時のより小規模となっています。

本堂に安置されている「木食行者・真如海上人即身仏」は名僧真如海上人が天明6年(1786)に96歳で生身のまま土中に入定したもので山形県内にある即身仏8体のうちの1体です。

大日坊寺宝の銅造如来立像は三国(印度→中国→朝鮮)伝来のもので飛鳥時代に日本に渡ったとされ平成20年(2008)に国指定重要文化財に指定されています。境内にある宝筐印塔は寛永5年(1628)に建立されたもので、高さ8メートル、重さ30トン、台座4メートル四方あり鶴岡市(旧朝日村)指定有形文化財に指定されています。

旧境内地ある「皇壇の杉」は御諸別皇子(景行天皇の皇子)が当地で亡くなった際、塚に植えたと伝えられる老杉で山形県指定天然記念物に指定されています。

大日坊仁王門概要: 大日坊仁王門は三間一戸の八脚門としては山形県最古の建築とされ、建築年は不明ながら、構造、様式、意匠などから室町時代以前に建てられたと推定されています。

入母屋、茅葺、二重垂木、内部には仁王像(鶴岡市指定有形文化財)の他、風神、雷神が祭られ、多数の草履や草鞋などが奉納され、信仰の厚さがわかります。

案内板より「 ・・・(前略)絵様彫刻や粽(上・下を丸く細くした柱)のある円柱など、禅宗様式(唐様)だが、和様の曲線や大仏様式の特色も混じった中世建築の見本のような建物である。平成7年12月8日県有形文化財に指定されました。 朝日村教育委員会 」とあります。

庄内三十三観音霊場第9番札所(札所本尊:聖観世音菩薩・御詠歌:ちかいおく あまねきみなの みほとけに こころをこめて ねがへおほあみ)。

東北三十六不動尊霊場第2番札所(札所本尊:御瀧大聖不動明王・御詠歌:みちのくの 湯殿の秘奥 たらちねの 慈悲のみすがた ここに御不動)。

荘内平和百八観音霊場第17番札所(札所本尊:聖観世音菩薩・御詠歌:聞く人は その身そのまま 五智の徳 だいにち坊の あかつきの鐘)。

出羽路十三仏霊場第12番札所(札所本尊:大日如来・御詠歌:彼の岸に 願ひをかけて 大網の 引く手に漏るる 人はあらじな)。

山形七福神(札所本尊:弁財天)。宗派:真言宗豊山派。本尊:湯殿山権現。

八脚門を簡単に説明した動画

大日坊:本堂・山門・写真

大日坊
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