大物忌神社中ノ宮(遊佐町)概要: 大物忌神社中ノ宮の創建は昭和49年(1974)、鳥海山の噴火活動により入山規制が行われ、山頂の御本社に参拝が出来なくなった事から鳥海山ブルーライン五合目の一角にある大平山荘に隣接する現在地に大物忌神の分霊が勧請されました。
社殿は鉄筋コンクリート造、神明造、銅板葺、雪深い為、かなり高床で造られ、屋根には千木・鰹木を模した意匠が見られます。
境内には東北振興の碑が建立され、石碑銘によると「 菅原兵治ははやくより明治維新は西南日本より起こったが、来るべき維新は必ず東北より起こるであろうといい、その原点はその人の「我づくり」にあるとして "かぎりなき大地のめぐみかぎりなく 耕す心たがやさんかな" と詠まれた。そして、余はその拠点たるべき庄内と由利を望む鳥海山に骨を埋め、永遠に東北を護るであろうといわれた。いま時移り世変わり、東北維新の素顔の滅せんことを優え、先生の誕生百年に際してこの句を刻み、「東北振興の碑」とするものである。」とあります。
|