東善院(富山馬頭観音・富沢観音)

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概要・歴史・観光・見所
東善院(富山馬頭観音)概要: 浪高山東善院光清寺は山形県最上郡最上町富澤に境内を構えている天台宗の寺院です。富山馬頭観音(富沢観音)の創建は貞観5年(863)に慈覚大師円仁(平安時代の高僧、第3代天台座主)が開山したと伝わる最上三十三観音第三十一番札所です。慈覚大師はこの地が産馬に適していて、それを生業にしている人が多い事から、馬頭観世音菩薩を自ら彫り込んで安置したと伝えられています。その後は歴代領主から崇敬され天正8年(1580)には小国日向守が祈祷料を奉納し、元和8年(1623)に最上家がお家騒動の為改易になると、新たに領主(新庄藩の藩主)となった戸沢氏も東善院光清寺(富山馬頭観音)を武運長久、厩繁盛に御利益があるとして信仰します。特に戸沢氏は当地から産出される小国駒(馬)を篤く保護し藩の産業の1つと捉えていた事から、馬の守護神である富山馬頭観音を崇敬し社領12石を安堵、藩主が変わる毎に参拝に訪れ、寛政9年(1797)には8代藩主戸沢能登守政親により観音堂を再建し現地に遷座しています。

現在の富沢観音堂は当時のもので、寄棟、銅板葺、平入、桁行5間、梁間5間、正面3間向拝付、向拝には鳳凰、象、獅子、龍などの精緻な彫刻が施され、特に外壁に掲げられる「荒れ唐獅子」は寛政9年(1797)に出羽勘七の2代目一刀官龍が彫刻したものと推定され、余りの出来の良さから魂が宿り夜な夜な観音堂を抜け出し悪さをした事から縄に縛りつけたとの伝説が生まれた程の名作とされます。富沢観音堂は江戸時代後期の御堂建築の遺構として貴重な事から最上町指定有形文化財に指定されています(平成30年:2018年に附として宮殿1基、棟札8枚と共に山形県指定有形文化財に指定されています)。

当地域では古くから小国駒に携わる多くの住民が信仰してきましたが、東善院(富山馬頭観音)の霊験が広まると東北各地から参拝に訪れるようになり舞草神社(岩手県一関市)、華足寺(宮城県登米市東和町)と共に東北三大馬頭観音に数えられ観音堂内壁には参拝者が奉納した絵馬が4面びっしりと掲げられています。境内にある「富沢のトチノキ」は推定樹齢600年、樹高約30m、幹周6.25m、山形県内でもトチノキとして有数の巨木として貴重で「馬」との信仰にも篤く関わってきた事から昭和31年(1956)に山形県指定天然記念物に指定されています。最上三十三観音霊場第31番札所(札所本尊:馬頭観世音菩薩、伝:慈覚大師作・御詠歌:さとびとの ゆたかにすめる とみざわの のきばのはなも くちぬなりけり)。山形百八地蔵尊霊場第93番札所(札所本尊:富沢地蔵)。宗派:天台宗。別当寺院:浪高山東善院光清寺(本尊:不動明王)。

富山馬頭観音:写真

東善院(富山馬頭観音)
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