村山市: 林崎居合神社

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概要・歴史・観光・見所
林崎居合神社(村山市)概要: 居合神社の創建は前身である熊野権現が大同2年(807)に大明神沢の岩窟に祀られたの始まりとされます。その後、延久4年(1072)に現在地に遷座し林崎大明神と称し時代の変遷と共に熊野明神と呼ばれるようになりました。天文16年(1547)、林崎甚助源重信(幼名:民治丸)は父親(楯岡城の城主楯岡満英の家臣浅野数馬源重治)が暗殺された事で、日頃から信仰していた熊野明神に剣法上達を祈第一の祈願として修行に励でいました。弘治2年(1556)、重信の篤い信仰心と熱心な修行が認められ、熊野明神からの神託があり「神明秘術の純粋抜刀」の奥義が神授され、永禄4年(1561)、20歳の時に見事父親の仇である坂上主膳を京都で見事討つ事が出来たといわれています。後年になって重信は数多くの門弟に「居合道」を広めた事から「林崎夢想流」の祖として神格化され、熊野明神の境内に居合神社を建立し御霊を祀られるようになります。明治維新後に熊野明神と居合神社が合祀され現在のような形になりました。全国でも社号で「居合神社」を掲げる神社が当社のみである事から、特に剣術や剣道に携わっている人達から篤く信仰され、毎年6月には「全国各流居合道さくらんぼ大会」が開催されています。

林崎居合神社:写真

居合神社
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