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| 恩徳寺 |
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| [ 付近地図: 山形県西置賜郡飯豊町 ]・[ 飯豊町フィールドワーク ] |
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| 恩徳寺概要: 恩徳寺は案内板によると「今からおよそ600年ほど前、伊達宗達が長井庄の地頭長井広房を攻略し、置賜地方を領有した。その時、伊達氏の家臣国分政信が戦功によって、萩生郷を賜り、この地に荻生城を築城した。この城は複郭式城とよばれ、本丸と出丸を有するが恩徳寺の境内は出丸と考えられている。本丸は、立派な土塁と濠がめぐらされておったが、現存する土塁跡や濠跡をみると、中世に築きあげられた城を偲ぶことができる。恩徳寺は真言宗の寺院であり、弘法大師の高弟柿本杞僧正真済によって、天安元年(857)に山王原の地に開山されたと伝えられている。また、当寺の御本尊は、弘法大師が唐に渡られた時、はじめて日本におうつしになった五智如来尊である。この如来様は、真言密教の一大懸仏であり、当寺では別名御黒箱尊として祀っている。応永年中、国分氏の三代国分光信が山王原にある恩徳寺を祈願所として出丸に移し、現在に至っている。恩徳寺境内には、石現丈殊尊堂をはじめ仏山や芭蕉の句碑がある。また、寺院内には、県内で最もすぐれた「間引きの図」といわれる絵馬(町指定文化財)がある。 飯豊町教育委員会」 とあります。
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