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| 天童城 |
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| [ 付近地図: 山形県天童市 ]・[ 天童市・歴史・観光・見所 ] |
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| 天童城概要: 天童城は南北朝動乱の折、北畠天童丸が舞鶴山に城を築いたのが始まりとされ、永和元年(1375)には斯波(最上)兼頼の子直家が次子頼直が天童城に入り支配を固めます。天童氏は当初、最上氏の一族とされましたが次第に独立性を高め、戦国時代に入ると伊達氏や最上氏と拮抗する勢力を持ち対立を深めていきます。特に「最上八楯」と呼ばれる家臣団を形成することで領国内の団結を図り対最上氏の急先鋒となっていきました。天正2年(1574)に最上家の家督争いで騒乱が起きると天童氏も伊達氏と共に介入して抗争は激化しました。最上氏は一時和平した隙をつき「最上八楯」の分断を画策し、延沢能登守の嫡子に娘を送るなどした為、家臣団結束が崩れ、難攻不落と呼ばれた天童城もついに落城し、天童氏は仙台領に落ち延びていきました。最上氏は天童城に城を築かず本丸跡に愛宕神社を建立して周辺の鎮護としました。天童城は中世の山城としては山形県最大級とされ、現在でも郭の跡や本丸隅櫓の高台、土塁、空掘りの一部を見ることが出来、周辺一帯が舞鶴山公園として整備されています。
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