山形城

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山形城・歴史・観光・見所
山形城概要: 山形城は延文元年(1356)に最上氏の祖である斯波兼頼が羽州探題としてこの地に赴任し居館を築いたのが始まりとされます。斯波は足利氏の分家にあたる名門で、南北朝時代には南朝側の有力大名として周囲に大きな影響力を持ちました。その後、地名から最上氏と改め義光の時代には周囲一帯の24万石を領する大名となっていました。関ヶ原の戦いの際は西軍の上杉勢と戦い、劣勢となっていましたが、石田三成が討ち取られ、上杉勢が自領に引き揚げた事で、庄内地方、雄勝地方に兵を進め、57万石の大大名となりました。山形城も整備を進め、三の丸までの広さは235万m2という当時の城郭の中では全国第5位という規模となりました。天守閣は築かれませんでしたが、本丸には2重櫓が3基、二の丸には三重櫓一基、二重櫓五基、三の丸には城門を11箇所設けるなど多くの建物がありました。最上家が改易となった後は譜代大名である鳥居忠政が磐城平藩(福島県いわき市)から24万石で入り、伊達氏、佐竹氏、上杉氏などの東国有力大名への抑えとする為、山形城もさらに重要視されるようになります。その後、時勢が安定した事もあり、山形城の重要性が薄れ、石高の低い大名が赴任するようになります。建物の規模はその都度縮小され、幕末期には水野氏5万石となった時は城を維持するのにかなり苦労したようです。明治維新後は廃城となり大手南門が、万松寺山門として移築され、本丸御殿の一部が宝光院の本堂に使用されています。城郭跡は歩兵第32連隊の兵営地となった為、本丸内堀は埋め立てられ、旧状を残していません。現在は霞城公園として整備され国指定史跡に指定され日本100名城に指定されています。

 
山形城
最上義光銅像
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二ノ丸東大手門 水掘 東大手門 本丸石垣・空掘
水掘 多門櫓 東大手門 本丸・一文字門
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