山形城
|業務内容|
建築コンペ作品|
山形県の街道|
みちのく山形県観光記|
山形県の城下町|
東北地方の日本100名城|
メール|
山形県の町並みと歴史的建築物
(ホーム)>
山形市
>山形城
山形県国宝
・
羽黒山五重塔
山形県国指定重文
・
黄金堂
・
旧有路家住宅
・
佐竹家住宅
・
若松寺観音堂
・
旧尾形家住宅
・
慈恩寺本堂
・
鳥越八幡神社
・
旧矢作家住宅
・
旧渋谷家住宅
・
鶴岡カトリック教会
・
旧西田川郡役所
・
水上八幡神社本殿
・
米沢高等工業学校
・
山形県旧県庁舎
・
山形県旧会議事堂
・
立石寺三重小塔
・
旧松應寺観音堂
・
旧山形師範学校
・
旧済生館本館
・
立石寺中堂
・
観音寺観音堂
・
羽黒山三神合祭殿
・
羽黒山鐘楼
・
旧日月寺本堂
・
旧風間家住宅
・
旧青山家住宅
・
金峯神社本殿
山形県指定重文
・
柏山寺薬師堂
・
熊野神社拝殿
・
旧丸大扇屋
・
安久津八幡神社
・
本間家本邸
・
専称寺鐘楼
・
立石寺納経堂
・
旧鶴岡警察署庁舎
・
宝光院本堂
・
松山城大手門
・
旧東村山郡役所
・
旧遠藤家住宅
・
旧西村山郡役所
・
柏倉家住宅
・
西村山郡会議事堂
・
鮎貝八幡宮本殿
・
天満神社
・
東田川郡役所
・
旧酒田灯台
・
熊野神社本殿
スポンサーサイト
山形城
[
付近地図: 山形県山形市
]・[
山形市フィールドワーク
]
山形城・見所・歴史・名所
山形城概要:
山形城
は延文元年(1356)に最上氏の祖である斯波兼頼が羽州探題としてこの地に赴任し居館を築いたのが始まりとされます。斯波は足利氏の分家にあたる名門で、南北朝時代には南朝側の有力大名として周囲に大きな影響力を持ちました。その後、地名から最上氏と改め義光の時代には周囲一帯の24万石を領する大名となっていました。関ヶ原の戦いの際は西軍の上杉勢と戦い、劣勢となっていましたが、石田三成が討ち取られ、上杉勢が自領に引き揚げた事で、庄内地方、雄勝地方に兵を進め、57万石の大大名となりました。山形城も整備を進め、三の丸までの広さは235万m2という当時の城郭の中では全国第5位という規模となりました。天守閣は築かれませんでしたが、本丸には2重櫓が3基、二の丸には三重櫓一基、二重櫓五基、三の丸には城門を11箇所設けるなど多くの建物がありました。最上家が改易となった後は譜代大名である鳥居忠政が磐城平藩(
福島県
いわき市
)から24万石で入り、伊達氏、
佐竹氏
、上杉氏などの東国有力大名への抑えとする為、山形城もさらに重要視されるようになります。その後、時勢が安定した事もあり、山形城の重要性が薄れ、石高の低い大名が赴任するようになります。建物の規模はその都度縮小され、幕末期には水野氏5万石となった時は城を維持するのにかなり苦労したようです。明治維新後は廃城となり大手南門が、万松寺山門として移築され、本丸御殿の一部が宝光院の本堂に使用されています。城郭跡は歩兵第32連隊の兵営地となった為、本丸内堀は埋め立てられ、旧状を残していません。現在は霞城公園として整備され国指定史跡に指定され
日本100名城
に指定されています。
山形県町並み・歴史建築見所ナビ:
|遊佐町|
酒田市|
酒田市:松山町|
庄内町|
鶴岡市|
鶴岡市:藤島町|
出羽三山|
真室川町|
金山町|
最上町|
新庄市|
戸沢村|
鮭川村|
大江町|
|山形市|
山寺立石寺|
寒河江市|
上山市|
村山市|
天童市|
東根市|
尾花沢市|
山辺町|
中山町|
河北町|
西川町|
朝日町|
米沢市|
長井市|
|大石田町|
南陽市|
高畠町|
川西町|
小国町|
白鷹町|
飯豊町|
銀山温泉|
肘折温泉|
楢下宿|
湯田川温泉|
※ 相談や質問は大変失礼ですが、
メール
のみとさせていただきます。 回答によって不都合や不利益をこうむっても当サイトは一切責任を負いません。又、回答を直接的(当サイトの名前を使って)に交渉や請求の手段とすることはご遠慮くださるようお願い申し上げます。 予告なしに追加、書き替えを行いますのでご了承ください。尚、「山形県フィールドワーク」は「山形県の歴史」、「羽州街道をゆく」、「奥州街道」、「郷土資料辞典−山形県」、「日本の城下町−東北(二)」、「パンフレット」、「案内板」、「関係HP」、「歴史道路報告書」、を参考にさせていただいています。