米沢市: 米沢城

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米沢城
米沢城
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米沢城概要: 米沢城米沢城を最初に築城したのは、置賜郡の地頭職に赴任した長井氏が暦仁元年(1238)に築いたとされます。室町時代初期まで長井氏の支配が続きますが天授6年(1380)頃から伊達宗遠に攻め立てられ1385年に滅亡します。その後は伊達氏の支配下に入り、天正17年(1589)からは本拠地とします。天正19年(1591)豊臣秀吉の奥州仕置きにより当時の当主だった伊達政宗は岩出山城宮城県大崎市岩出山)に移封され蒲生氏郷の一族である郷安が米沢城を受け取ります。蒲生氏が宇都宮に移ると上杉氏が支配し米沢城へは直江兼続が入ります。米沢城関が原の合戦後は西軍側に付いた上杉家は120万石から30万石に減封され本拠地を鶴ヶ城福島県会津若松市)から米沢へ移されます。米沢城の本丸は東西168m、南北145mの広さで、幕府の遠慮からか天守閣は築かれず変わりに三階櫓を二基備え、主要部以外は石垣を使用せず土塁中心の城でした。内部には藩主居館や上杉謙信を祀る堂宇が建立されていました。二の丸には櫓を8基備え米沢新田藩1万石の藩庁や寺院、蔵、御殿などが配されました。三の丸には上、中級家臣の武家屋敷が並び防御の要となっています。現在は明治維新後に廃城となった為、建物の遺構はなく、内堀と土塁の一部が遺構として残っています。本丸の大部分が上杉神社の境内となり周囲は公園として整備され、二の丸には松岬神社旧上杉家伯爵邸などがあり米沢市の観光の中心となっています。

 
 



 


 
 
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