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| 旧本間家本邸 |
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| [ 付近地図: 山形県酒田市 ]・[ 酒田市フィールドワーク ] |
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| 旧本間家本邸概要: 本間家の中でも中興の祖と言われた本間光丘は周辺の湿地帯を開拓する事で大規模な新田を手に入れます。その実績がかわれ、藩の事業に参加するようになり、特に安永年間(1772〜81年)に沿岸20キロに渡る防風林の植栽や港湾の整備、新田開発など多くの事業を手掛けます。又、文化事業にも力を入れ、菩提寺である浄福寺唐門や日枝神社の社殿、泉流寺の徳尼公廟など多くの建物を寄進しています。酒田三十六人衆にも名を連ね、隣接する多くの大名にも金銭的配慮を行っていました。この明和5年(1768)に建てられた旧本宅も当初は幕府の巡見使宿舎の為建造され庄内藩酒井家に献上したもので、後に酒井家から拝領される形をとっています。その頃になると本間家は士分として禄や、苗字、帯刀も許され、本宅の建物も桟瓦葺平屋書院造りで武家屋敷と商家建築の混合した形式をとっています。正面の長屋門は二千石の格式を持っていたとされ、それに続く正玄関は、藩主、県知事、菩提寺の住職しか使用されなかったそうです。家族などは脇にある棟門から出入りをしていましたが、この門も一般的な門と比べても格式の高いものと思われます。庭にある石は北前船で利用(船を安定させるため船底に重石とした)した綿積石を使用したもので全国の様々な所から運ばれてきたそうです。旧本間家本邸は山形県指定文化財となっています。
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