河北町: 東林寺

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概要・歴史・観光・見所
東林寺(河北町)概要: 東林寺の創建は応永3年(1396)、虎渓良乳禅師により東林寺(河北町)開かれたのが始まりと伝えられています。当初は白鳥村(現在の村山市戸沢)にあり土豪である白鳥家縁の寺院でしたが、白鳥十郎長久が中条家の領地を引き継ぎ谷地に入部した際、白鳥家の菩提寺である種林寺と共に谷地城の城下町に移されました。長久は名君の名声が高かった人物で18歳の時に中条家の地盤を引き継ぎ、谷地城を築城、城下町では刀鍛冶、鋳物師、大工といった技術者集団を積極的に呼び集め、月に6回も市を開くなど商業にも力を入れました。谷地八幡宮や種林寺の社殿や堂宇の造営なども行い、城郭だけでなく城下町としても山形と同等なものを造り上げました。外交面も、織田信長に鷹を献上するなど中央にも目を向け視野の広い人物だったと評価されています。長久の勢いは止まらず天正12年(1587)頃には最上家の目の上の瘤となていました。そこで長久の嫁親となっていた最上義光が策略を廻らし、重病と偽り城内に呼び寄せ彼を謀殺しました。山形城には長年の間長久の返り血を浴びた桜の木が残っていたそうです。白鳥家が滅亡すると菩提寺である種林寺が事実上廃寺となった為、東林寺が引き継ぐ形を採り、元和2年(1616)には三十三回忌が行われ円福寺の高岳法師により長久の墓碑(現在の墓碑は文化元年(1804)、28世大圓淳鏡と谷地の有力者の浄財により建立されたもので、「谷地古城主当寺中興開基大陽院殿丹山膺公大居士神儀」と刻まれています。)が建立され本堂には位牌(戒名:大陽院殿丹山膺公大居士)が安置されています。山門は入母屋、銅板葺、三間一戸、八脚楼門、上層部には花頭窓付、文殊菩薩安置、下層部には仁王像安置。本堂は入母屋、桟瓦葺、平入、正面1間向拝付。宗派:曹洞宗。本尊:阿弥陀如来。

東林寺:写真

東林寺
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