河北町: 谷地八幡宮

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概要・歴史・観光・見所
谷地八幡宮(河北町)概要: 谷地八幡宮の創建は後三年合戦(永保3年:1083年〜寛治元年:1087年)の折、合戦を勝利した源義家が白鳥(村山市)を訪れ神意に感謝し石清水八幡宮(京都府八幡市)の分霊を勧請したのが始まりとされます。中世は当地を支配した国人領主白鳥氏の崇敬社となり庇護をうけ、白鳥十郎長久が中条家の地盤を引き継ぎ、谷地城を築き城下町を整備し現在地に遷座しました。長久は名君として勢力を拡大しますが、天正12年(1584)、山形城の城主最上義光の画策で山形城に呼び出されると謀殺され命を落とします。庇護者を失なったものの寒河江八幡宮溝延八幡宮と共に「寒河江荘三八幡」に数えられ広く信仰された事で社運も隆盛し宝永5年(1708)、宝永6年(1709)、慶応2年(1866)の火災により大きな被害を受けましたがその都度再建されています。古くから神仏習合し別当寺院として円福寺が祭祀を司ってきましたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏教色が一掃され、神社として独立し郷社に列し昭和15年(1940)には県社に昇格しています。例祭に奉納される「林家舞楽」は、天王寺系の舞で日本四大舞楽(林家舞楽、宮中舞楽、四天王寺舞楽、南都楽所舞楽)の一つと言われ、貞観2年(860)に慈覚大師が山寺を開いた時、林家(現神官)が随従して舞楽を奉じた事に端を発し、やがて谷地八幡宮でも舞われるようになったものと伝わっています。「林家舞楽」はは燕歩、三台、散手、太平楽、喜禄、二ノ舞、還城楽、抜頭、竜王、納蘇利の10曲伝承され古式を伝える神事として大変貴重な事から昭和56年(1981)に国指定重要無形民俗文化財に指定されています。社宝である舞楽図譜(1巻)・貴徳(1面)は昭和28年(1953)に山形県指定文化財に指定されています。祭神:応神天皇。配神:市寸島比賣命。

谷地八幡宮:写真

谷地八幡宮
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