酒田市松山町: 心光寺

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概要・歴史・観光・見所
心光寺(酒田市松山町)概要: 心光寺の創建は寛文2年(1662)、快南師が一宇を設けて千念寺と称したのがはじまりとされます。寛文6年(1666)に超誉師(善導寺6世)が改めて開山し寺号を摂取山成覚院心光寺に改めると、出羽松山藩初代藩主酒井忠恒が超誉師を篤く帰依した事で庇護され寺運も隆盛しました。酒井家の居城である出羽松山城から見ると北東の方角にあたる為、鬼門としてとらえていたのかもしれません。延宝3年(1675)に忠恒が死去すると菩提は江戸菩提寺である光照寺(東京都新宿区)に葬られましたが、心光寺にも分骨され、以来、松山藩酒井家2.5万石の領内菩提寺となっています。2代酒井忠予も隠居後の享保20年(1736)に当地で亡くなると心光寺に埋葬され、3代酒井忠休は、遺髪のみ葬られました。本堂背後の高台には初代藩主の酒井忠恒から2代忠休、3代忠休までそれぞれ霊廟が設けられていましたが、昭和44年(1969)に合祀され1つの霊廟に祭られています。霊廟は入母屋で朱色の瓦屋根が印象的で参道には幾つもの石灯籠が奉納され、徳川家康の重臣だった酒井家の威信が見られます。「松山藩酒井家御廟所」として平成15年(2003)に酒田市指定史跡に指定されています。

又、心光寺境内には1本の老松があり、案内板によると「心光寺の境内にそびえる樹齢350年のクロマツは、他には見られない特徴がある。それはクロマツの幹に2ケ所の空洞があって、そこからサクラが2本首を出して、毎年花を咲かせていることである。昭和の初め頃から寄生し、今ではサクラの根がクロマツの根元まで達している。また最近、このサクラの寄生している反対側の樹上にスギ(約60cm)とケヤキ(約30cm)の寄生が発見され、正に庄内の奇木というべきであろう。 松山町」とあります。宗派:浄土宗。本尊:阿弥陀如来。

心光寺:写真

心光寺
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