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| 大泉坊長屋門 |
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| [ 付近地図: 山形県酒田市松山町 ]・[ 遊佐町フィールドワーク ] |
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| 大泉坊長屋門概要: 大泉坊長屋門は案内板によると「この門は、天保5年(1834)、当家4代目篭賢翁(1804〜1868)が創建した。翁は夙に京都に在って歌道に精進しその奥義をきわめた。官廷にも出入りして公卿衆に和歌を指導した。皇后の歌会に召されて詠歌することもあった。これらの功により長屋門建設が許された。門は総欅造り、切り妻平棟門で軒の飾り瓦には菊の紋章が施されている。ほかに釘を用いない工法など特技が見られる。元来、長屋門は、国持大名の江戸屋敷の外辺に造られた。国許から出府する家臣や奉公人の住居としたものであった。それぞれ格式により、10万石以上では、左右に唐破風か、切妻の出番所が付いた門、分家で5万石以上は片出番所と片出格子が付いた門、1万石以上で左右に出格子が付いた門と定められていた。この門は、棟までの高さ4間(7.27m)、間口11間(20m)、奥行き2間(4.55m)、建坪27.5坪(90.75u)。優に1万石以上の格式にならぶ構である。 遊佐町教育委員会 」とあります。大泉坊長屋門は国登録有形文化財に指定されています。※ 案内板には切妻となっていましたが実際は寄棟だと思います。
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