鮭川村: 三宝荒神

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概要・歴史・観光・見所
三宝荒神(鮭川村)概要: 案内板によると「 この尊像は、青銅造りで座高15センチで四面六賢の立像である。口碑によれば、康平年間(1058〜1064)安倍貞任が朝命に背き反乱を起し、その追討に源義家があった。一族をこの地に追いつめ、討伐したことにより戦勝祈願のため、この像を祀ったという。また、安倍氏が一族の守護のために祀ったともいい定かでない。昔から「荒神」として崇拝され、火盗潜消、悪疫退散の守護となった。現在の堂宇は昭和11年に再建し、祭礼は毎年4月4月8日と8月8日。 鮭川村教育委員会 」とあります。仏教でいう三宝とは「仏」、「法」、「僧」の事で、「仏」=釈迦は仏教を体現した祖、「法」は釈迦が体現した仏の理を説いた教え、「僧」=僧伽はその仏の理を理解し四向四果に達した者(集団)を意味しています。又、聖徳太子が制定したと「十七条憲法」では「篤く三宝を敬え。三宝とは仏と法と僧となり」として第2条に明文化されており、民衆にも広く知られた教えだったと思われます。三宝荒神とはまさしく「三宝」の守護神として信仰の対象になったと思われます。三宝荒神は集落の外れの高台に鎮座し、古い石段が歴史を感じます。社殿が常に開放されているようで自由に参拝しました。内部には様々な奉納物が飾られていて信仰が篤いことが感じられます。

三宝荒神:写真

三宝荒神
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