東根市・歴史・観光

業務内容 山形県羽州浜街道 山形県羽州街道 山形県の城下町 山形県観光記 楼門 神社山門 農家建築 メール
 山形県(ホーム)>東根市・歴史・観光
山形県国宝
 ・ 羽黒山五重塔
山形県国指定重文
 ・ 黄金堂
 ・ 旧有路家住宅
 ・ 佐竹家住宅
 ・ 若松寺観音堂
 ・ 旧尾形家住宅
 ・ 慈恩寺本堂
 ・ 鳥越八幡神社
 ・ 旧矢作家住宅
 ・ 旧渋谷家住宅
 ・ 鶴岡カトリック教会
 ・ 旧西田川郡役所
 ・ 水上八幡神社本殿
 ・ 米沢高等工業学校
 ・ 山形県旧県庁舎
 ・ 山形県旧会議事堂
 ・ 立石寺三重小塔
 ・ 旧松應寺観音堂
 ・ 旧山形師範学校
 ・ 旧済生館本館
 ・ 立石寺中堂
 ・ 観音寺観音堂
 ・ 羽黒山三神合祭殿
 ・ 羽黒山鐘楼
 ・ 旧日月寺本堂
 ・ 旧風間家住宅
 ・ 旧青山家住宅
 ・ 金峯神社本殿
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
東根市・歴史・観光・見所
東根市概要: 東根市の歴史は古く、市内には数多くの縄文時代の遺跡が発掘され、当時から比較的に生活しやすかった環境下にあった事が窺えます。仁和2年(886)に最上郡が最上郡と村山郡に分かれると、現在の東根市郡山付近に郡衙が置かれ、周囲は条理制に基づき地割され延喜式で記されている「村山駅」も開設されました。鎌倉時代に入ると東根市一帯は地頭職となった小田島氏が東根城東根市大字東根)を中心に支配し、南北朝時代では南朝方の武将として活躍します。応永2年(1395)に天童頼直の四男、頼高が東根城に入り東根氏を名乗ると戦国時代には、天童氏の有力な家臣として「天童八楯」の一角を占めるようになります。天童氏と最上氏の対立が激化すると、最上氏は「天童八楯」の分断を画策し、東根氏に対しても内部工作を展開、家臣だった里見景佐を最上氏側に引き入れる事で東根城は落城します。里見景佐は最上氏の有力家臣として重用され、関ヶ原の戦いでも功を上げるなど1万1千石の大身となり、東根城の大幅な改修や城下町の整備などを行い現在の東根市の基礎となる町づくりをします。しかし、元和8年に最上家がお家騒動により改易させられると東根城は廃城となり一時、山形藩鳥居氏の支配となりますが寛永20年(1643)からは天領となり、最上満家が隠居の地として築城した長瀞城跡(東根市大字長瀞)に尾花沢にあった代官陣屋を移し代官支配となります。寛政10年(1798)に長瀞陣屋に米津氏が1万2千石で入り長瀞藩を立藩すると代官所は宮崎に移され、さらに文政7年(1824)に東根陣屋と統合します。戊辰戦争時に長瀞藩は白石城宮城県白石市)で調印された奥羽越列藩同盟に参加した為、開戦当時官軍側にあった天童藩と交戦となり東根市は戦火にまみれ長瀞陣屋も炎上、落城します。

 
東根市
東根市 東根市 東根市 東根市
東根市:観光・見所
若宮八幡神社
若宮八幡神社
若宮八幡神社
与次郎稲荷
与次郎稲荷
与次郎稲荷
国分寺薬師堂
山形県フィールドワーク
国分寺薬師堂
愛宕神社
愛宕神社
愛宕神社
養源寺
養源寺
養源寺
禅会寺
禅会寺
禅会寺
横尾家
横尾家
横尾家
大ケヤキ
東根の大ケヤキ
大ケヤキ
御霊屋
御霊屋
御霊屋
長瀞城
長瀞城
長瀞城
東根城
東根城
東根城
普光寺の鐘
普光寺の鐘
普光寺の鐘
称善寺
称善寺
称善寺
住宅設計案内

 





 




 

 山形県観光・旅行見所ナビ:
|遊佐町| 酒田市| 酒田市:松山町| 庄内町| 鶴岡市| 鶴岡市:藤島町| 出羽三山| 真室川町| 金山町| 最上町| 新庄市| 戸沢村| 鮭川村|
|山形市| 山寺立石寺| 寒河江市| 上山市| 村山市| 天童市| 東根市| 尾花沢市| 山辺町| 中山町| 河北町| 西川町| 朝日町| 大江町|
|大石田町| 米沢市| 長井市| 南陽市| 高畠町| 川西町| 小国町| 白鷹町| 飯豊町| 銀山温泉| 肘折温泉| 楢下宿| 湯田川温泉|
 
 
 ※ 相談や質問は大変失礼ですが、メールのみとさせていただきます。 回答によって不都合や不利益をこうむっても当サイトは一切責任を負いません。又、回答を直接的(当サイトの名前を使って)に交渉や請求の手段とすることはご遠慮くださるようお願い申し上げます。 予告なしに追加、書き替えを行いますのでご了承ください。尚、「山形県フィールドワーク>東根市」は「山形県の歴史」、「羽州街道をゆく」、「奥州街道」、「郷土資料辞典−山形県」、「日本の城下町−東北(二)」、「パンフレット」、「案内板」、「関係HP」を参考にさせていただいています。