大石田町: 聴禽書屋

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概要・歴史・観光・見所
聴禽書屋(大石田町)概要: 聴禽書屋は斎藤茂吉が太平洋戦争の終戦後に大石田町に疎開した昭和21年(1946)2月1日から22年(1947)11月3日までの1年9ヵ月過した二藤部兵右衛門家の離れです。聴禽書屋とは茂吉自身が名付けたもので、庭には多くの小鳥達(禽)が集まりサエズリを奏でていた事に因み名付けられたと伝えられています。大石田に来てから間もなく左湿性肋膜炎という大病を患い3ヶ月間寝込みますが、その後は積極的に活動し出羽三山(鶴岡市)や山寺立石寺(山形市)、銀山温泉(尾花沢市)などに訪れて様々な歌を詠んでいます。大石田町でも「最上川の上空にして残れるはいまだ美しき虹の断片」や「最上川逆白波のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも」、「蛍火をひとつ見いでて目守りしがいざ帰りなむ老の臥処に」、「高原の沼におりたつ鸛ひとつ山のかげより白雲わきて」など数多くの歌を残し縁の地には斎藤茂吉歌碑が建立されています。建物は木造2階建、切妻、鉄板葺、外壁は下見板張り、縦押縁押え、軒下と妻壁部分は真壁造り白漆喰仕上げ、内部も和風建築で落ち着きのある構成となっています。

聴禽書屋:写真

聴禽書屋
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