大石田町: 塩ノ沢観音(曹源院)

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概要・歴史・観光・見所
塩ノ沢観音(曹源院)概要: 塩ノ沢観音の創建は四位少将師興朝臣が堂宇を建立し千手観音像を祀った事が始まりとされています。別当寺院である曹源院は四位少将師興朝臣の法名「曹源院殿双峰厳公大居士」に因むもので、当院の開基となっています。その後は子孫である日野氏が付近を統治し、千手観音を崇敬していましたが、戦国時代末期の天正年間(1573〜1592)に最上義光に従った延沢能登守(延沢城の城主)の侵攻により滅ぼされ兵火によって千手観音像も被害にあいました。享保年間(1716〜1735年)に博道和尚、又は、宝暦7年(1757)に涼智和尚によって観音堂は再建されましたが千手観音像は炭化状態のまま秘仏となって通常は見る事が出来ませんでした。大正2年(1913)の台風で観音堂が倒壊し、その後修復、最近になり新たに千手観音像を作成し安置する場所も曹源院に移っています。

旧観音堂は風致に富、太平洋戦争中に大石田町に疎開していた斎藤茂吉も度々参拝に訪れており「横ざまにふゞける雪をかえりみむいとまもあらず橋をわたりつ」、「ひとりにてしばしばもきし塩の澤の観音力よわれをなわすれそ」の歌を残しています。最上三十三観音霊場第28番札所(札所本尊:千手観世音菩薩、伝:慈覚大師作、23番札所六沢観音堂の本尊と同木・御詠歌:みなひとの こころさしくる しおのさわ うみよりふかき めぐみなりけり )。宗派:曹洞宗。

塩ノ沢観音:写真

塩ノ沢観音
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塩ノ沢観音 塩ノ沢観音 塩ノ沢観音 塩ノ沢観音


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