龍頭寺

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概要・歴史・観光・見所
龍頭寺(遊佐町)概要: 鳥海山龍頭寺は山形県飽海郡遊佐町上蕨岡字松ヶ岡に境内を構えている真言宗智山派の寺院です。龍頭寺の創建は大同2年(807)、慈照上人が開いたのが始まりと伝えられています。又、一説には貞観2年(860)慈覚大師が鳥海山に巣くう赤鬼、青鬼を退治し蕨岡に堂宇を設けたのが始まりとされ、鳥海山を龍に見立てこの地が龍の頭にあたる事から龍頭寺と称するようになったと伝えられています。近世以前は資料等が少なく詳細は不詳ですが当初は松丘山観音寺として33坊を擁し、大物忌神社の祭祀を司っていたとされます。又、一山一帯が山城のように防衛施設があり大きな影響力があったと推定され最上家などの支配者とも密接に関わりがありました。

明暦元年(1655)以後に鳥海山龍頭寺と改称し、より鳥海山と密接することで蕨岡口が鳥海山修験の中でも大きな勢力を持つようになります。同じ鳥海山修験の矢島口との本社造営問題や山頂境界線争い、吹浦口との一之宮争いを悉く有利に裁定を受け次第に蕨岡口が主導的な地位を確立していきます。明治時代初頭に発令された神仏分離令により大物忌神社の仏式が廃され、龍頭寺以外の坊は全て神職となり、さらに明治5年(1872)に修験道廃止令の発令により次第に衰退していきます。

龍頭寺本堂は天保15年(1844)に造営されたもので、木造平屋建て(一部2階建て)、入母屋、銅板葺き、平入、建築面積316u、桁行13間、張間6間半、正面1間唐破風玄関屋根付き、江戸時代後期の寺院本堂建築の遺構として貴重で「国土の歴史的景観に寄与しているもの」との登録基準を満たしている事から平成27年(2015)に国登録有形文化財に登録されています。龍頭寺開山堂は昭和8年(1933)に造営され昭和30年(1955)頃に現在地に移築されたもので、木造平屋建て、切妻、桟瓦葺き、建築面積53u、外壁は真壁造白漆喰仕上げ、腰壁は下見板張り、昭和初期の御堂建築の遺構として貴重で「国土の歴史的景観に寄与しているもの」との登録基準を満たしている事から平成27年(2015)に国登録有形文化財に登録されています。

龍頭寺観音堂は明治8年(1875)に造営されたもので、土蔵造平屋建、切妻、桟瓦葺き、妻入、建築面積45u、正面1間向拝付き、外壁は白漆喰仕上げ、腰壁は海鼠壁仕上げ、明治初期の御堂建築の遺構として貴重で「造形の規範となっているもの」との登録基準を満たしている事から平成27年(2015)に国登録有形文化財に登録されています。庄内十三仏霊場第6番札所(札所本尊:弥勒菩薩)。出羽十三仏霊場第7番札所(札所本尊:薬師如来・御詠歌:いただきに おわしまします 瑠璃光の 十二の誓い ありがたきかな)。荘内平和百八観音霊場第33番札所(札所本尊:十一面観世音菩薩・御詠歌:さわらびの 萌え出るさまに 掌を合わせ ひたすら祈れ 蕨岡でら)。庄内三十三観音霊場第19番札所(札所本尊:十一面観世音菩薩・御詠歌:世に広き つかひは尽きじ 鳥の海 千尋の先は よしはかるとも)。山号:鳥海山。宗派:真言宗智山派。本尊:薬師如来。

鳥海山龍頭寺:写真

鳥海山龍頭寺
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