山形県・慈覚大師円仁:縁の社寺・温泉

山形県:歴史・観光・見所(ホーム)>慈覚大師円仁

社寺・温泉:一覧

名 称
場 所
内   容
山寺立石寺・山形県
・山形市
・伝承によると貞観2年(860)、清和天皇の勅願により慈覚大師円仁が開山したのが始まりと伝えられています。
出羽国分寺・山形県
・山形市
・伝承によると大野東人が伽藍を造営し、貞観年間(859〜877年)に慈覚大師円仁が天台宗の寺院として再興したと伝えられています。
石行寺・山形県
・山形市
・伝承によると貞観2年(860)、慈覚大師円仁が自ら脇侍となる不動明王像と毘沙門天像をを彫刻し、当寺を再興したと伝えられています。
風立寺・山形県
・山形市
・伝承によると斉衡3年(856)、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れた際に開かれたのが始まりと伝えられています。
万松寺・山形県
・山形市
・伝承によると平安時代初期、行基菩薩が法相宗の寺院として再興した万松寺を慈覚大師円仁が天台宗に改宗したと伝えられています。
宝光院・山形県
・山形市
・伝承によると天長3年(826)、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れた際、開かれたのが始まりと伝えられています。
六椹観音・山形県
・山形市
・伝承によると貞観2年(860)、慈覚大師円仁が再興した際、観音堂の周りに6本の椹を植樹し寺号を「七高山妙法寺宗福院」に改めたと伝えられています。
・休石・山形県
・山形市
・伝承によると斉衝3年(856)、慈覚大師円仁が高瀬街道を利用し出羽国に行こうとしていた際、
・瀧山・山形県
・山形市
・伝承によると仁寿元年(851)、慈覚大師円仁が瀧山を登拝した際、「降三世明王」と「軍荼利明王」、「大威徳明王」、「金剛夜叉明王」、「不動明王」の声を聴いた事から聖地と悟り仁寿二年(852)に開山したと伝えられています。麓にある瀧山神社と瀧山寺も円仁が創建したとの伝承があります。
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名 称
場 所
内   容
若松寺・山形県
・天童市
・伝承によると平安時代初期、慈覚大師円仁が東国巡錫で、行基菩薩が創建した若松寺を訪れた際、山頂から現在地に境内を遷し、大規模な境内を整備したと伝えられています。
・干布・山形県
・天童市
・伝説によると平安時代初期、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れ、麻の栽培方法と布織りを教えたとされ、濡れた布を干したと伝えられています。
・二ツ岩・山形県
・天童市
・伝説によると平安時代初期、慈覚大師円仁が東国巡錫で二ツ岩を訪れた際、目前の大岩を「アラヤー」と叫びながら遠くに投げ、落ちた所が「荒谷」の地名の由来になったと伝えられています。
・礫石・山形県
・天童市
・伝説によると平安時代初期、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れた際、天邪鬼と力比べする事になりました。天邪鬼はその場にあった大岩を300m程投げ飛ばし、その際、余りにも大岩が重かった事から地面に両膝を突くとそこから清水が滾々と湧き出たと伝えられています。
・誓願寺・山形県
・寒河江市
・誓願寺が管理する不動堂は貞観年間(859〜877年)、慈覚大師円仁が湯殿山に登拝した際に開かれたのが始まりと伝えられています。
葉山大円院・山形県
・村山市
・伝説によると平安時代初期、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れた際、葉山に登拝したと伝えられています。
養泉寺・山形県
・尾花沢市
・伝承によると平安時代初期、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れた際、害虫が大量発生し農作物に多大な被害がありました。円仁は村人達の懇願を受け入れると害虫駆除の為、一宇を設けて観音像を安置したと伝えられています。
六沢観音・山形県
・尾花沢市
・伝承によると大同2年(807)、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れた際、ムクの大木が太陽を遮り育ちの良い作物が採れなく農民達が難儀しているのを目の当たりにしました。農民達が円仁に懇願すると、円仁はムクの大木を切り出しその材から観音像を彫刻し一宇を設けて安置したと伝えられています。
川前観音・山形県
・大石田町
・伝承によると平安時代初期、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れた際、当地では疫病が発生し多くの住民が苦しんでいた事から、自ら聖観世音菩薩像を彫刻し一宇を設けて疫病退散の祈願したと伝えられています。
岩谷十八夜観音・山形県
・中山町
・伝承によると承和4年(837)に、慈覚大師が東国巡錫で当地を訪れた際、日月寺を興し再興したと伝えられています。
・弁財天・山形県
・山辺町
・伝説によると平安時代初期、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れた際に休息したと伝えられています。
・長瀞猪子踊・山形県
・東根市
・伝承によると慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れた際、山鹿の導きにより山頂に至り、当地域の多くが沼池のように水捌けが悪い土地柄である事を把握しました。そこで円仁は碁点山を切り開く事で水を抜き広大な耕作地を整備しました。村人達は円仁と導いた山鹿に感謝し、猪子踊が奉納されるようになったと伝えられています。
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名 称
場 所
内   容
・手長足長・山形県
・遊佐町
・伝説によると鳥海山の麓に巣くう手長足長が周辺住民や旅人に悪行を働いた為、慈覚大師円仁が100日間護摩行を行い不動明王に祈願したところ見事退治したと伝えられています(手長足長では無く赤鬼、青鬼とする説もあります)。
三崎峠・山形県
・遊佐町
・伝承によると慈覚大師円仁縁の観音崎、大師崎、不動崎の3つの岬がある事が地名「三崎」の由来になったと伝えられています。
永泉寺・山形県
・遊佐町
・伝承によると弘仁14年(823)、慈覚大師円仁が鳥海山大物忌神社(吹浦)の別当寺院である神宮寺を開いた際、禅道場を天台宗寺院として確立させ
龍頭寺・山形県
・遊佐町
・「羽黒山年代記」によると平安時代初期、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れた折、鳥海山に巣くう赤鬼、青鬼を退治しました。その際、龍の形に似た地形の龍の頭にあたり当地に観音堂を建立したのが龍頭寺の始まりと伝えられています。
・大師堂・山形県
・遊佐町
・伝説によると平安時代初期、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れた際に草庵を設けたのが始まりと伝えられています。
・剣積寺・山形県
・遊佐町
・伝説によると大同元年(806)、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れた際に本尊となる薬師如来像を勧請して創建したと伝えられています。
鳥海山大物忌神社・山形県
・遊佐町
・伝承によると貞観6年(864)、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れた際、鳥海山が五色の光で包まれました。円仁は不思議と思い登拝しようとしましたが、赤鬼と青鬼が出現し行く手を阻みました。円仁は法術を施し、何とか鬼達を退けると、その後、鬼達は鳩般恭王(両所大菩薩)として円仁に従ったと伝えられています。
龍宮寺・山形県
・鶴岡市
・伝承によると天安2年(858)、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れた際、大旱魃により多くの住民が苦しんでいました。円仁は雨乞い祈祷を行うと龍道、戒道の二大龍王が出現し恵みの雨を齎しました。円仁は龍王に対して感謝の意から自ら本尊となる観音菩薩像を彫刻し一宇を設けて安置したと伝えられています。
青龍寺・山形県
・鶴岡市
・伝承によると平安時代初期、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れた際、青龍が悪事を働き村人が難儀していた事から、法術で金峯山に封印、青龍寺を創建し守護させたと伝えられています。
金峯神社・山形県
・鶴岡市
・伝承によると平安時代初期、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れた際に勧請されたのが始まりと伝えられています。
正善院・山形県
・鶴岡市
・伝承によると貞観2年(860)、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れた際に開かれたのが始まりと伝えられています。
荒澤寺・山形県
・鶴岡市
・伝承によると貞観2年(860)、慈覚大師円仁が東国巡錫で羽黒山を登拝した際、荒澤寺で修行を行ったと伝えられています。
赤倉温泉・山形県
・最上町
・伝承によると貞観5年(863)、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れた際、村人が傷ついた馬を川の水で癒しているを見て錫杖を地面に突き刺すと、先端から滾々と源泉が湧き出たと伝えられています。
富山馬頭観音・山形県
・最上町
・伝承によると貞観5年(863)、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れ際に開かれたのが始まりと伝えられています。
安久津八幡神社・山形県
・高畠町
・伝承によると貞観2年(860)、慈覚大師円仁が当地の領主である安久津磐三郎の協力を得て阿弥陀堂を造営したのが始まりと伝えられています。
・壱念峰・山形県
・米沢市
・伝承によると平安時代初期、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れた際、奇岩怪石が点在している事から聖地と悟り、山寺を開山するまで1年間修業を行い、山の名称の由来になったと伝えられています。
東正寺・山形県
・南陽市
・伝承によると平安時代初期、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れた際、草庵んを設けて修行したのが始まりと伝えられています。
薬師寺・山形県
・南陽市
・伝承によると天安2年(858)、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れた際、不思議な音色に導かれ根元が光る一本の霊木の下に行き着きました。円仁は仏意と悟り根元を掘り起こすと薬師如来像が現れた事から一宇を設けて安置したと伝えられています。
熊野大社・山形県
・南陽市
・伝承によると貞観6年(864)、慈覚大師円仁が東国巡錫で熊野大社を訪れた際、阿弥陀如来像、薬師如来像、観音菩薩像、大黒天像を彫刻し安置したと伝えられています。
龍神水・山形県
・南陽水
・江戸時代に編纂された赤湯村温泉記によると龍神水は東正寺の境内にあり慈覚大師が竜神を祈請し、この仏前に供える水を感得すと言うと記されています。
長谷観音・山形県
・南陽市
・伝承によると貞観9年(867)、慈覚大師円仁が東国巡錫で当地を訪れた際、霊地と悟り自ら本尊となる聖観世音菩薩像を彫刻し一宇を設けて安置したのが始まりと伝えられています。
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※ 「全国の慈覚大師円仁:縁の社寺・温泉」は「郷土資料辞典」、「日本の城下町」、「観光パンフレット」、「観光地案内板」、「関係HP」等を参考にさせていただいています。リンクはフリーですが画像や文章等のコピーは行わないでください。