出羽三山: 荒澤寺

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概要・歴史・観光・見所
荒澤寺(出羽三山)概要: 羽黒山荒澤寺の創建は推古天皇14年(606)、羽黒山荒澤寺(出羽三山)蜂子皇子(推古天皇第3皇子)が出羽三山を開山した後に当地で修行を行い、湯殿山に祀った大日如来(湯殿山大権現)の荒魂を「不動明王」、和魂を「地蔵菩薩」として常火堂に祀ったのが始まりと伝えられています。皇極天皇元年(642)、蜂子皇子が入滅すると弟子である弘俊大師が法灯を継承し一庵を設け荒澤寺と称するようになりました。荒澤寺は湯殿山御宝前、羽黒山奥之院として寺運も隆盛し天智天皇9年(670)には役の行者、養老6年(722)には行基菩薩、大同2年(807)には弘法大師空海、貞観2年(860)には慈覚大師円仁、延慶2年(1309)には心浄坊勝尊が修行に訪れ、往時は境内に聖之院、比之院、経堂院の3院と常火堂、不動堂、地蔵堂、観音堂などが整備されていました。戦国時代の兵火などで一時荒廃しましたがその後再興され、江戸時代には庄内藩主酒井家は荒澤寺の地蔵堂を祈願所として庇護しました。当初は真言宗に属していましたが、羽黒山別当になった天宥は幕府の重鎮天海大僧正に師事し天台宗に改宗し荒澤寺も天台宗に属するようになりました。

明治時代初頭に発令された神仏分離令とその後に吹き荒れた廃仏毀釈運動により羽黒山は神社となり、多くの仏堂は破却される中、荒澤寺は寺院として継続が許され比叡山延暦寺(滋賀県大津市)の末寺となりました。昭和21年(1946)に独立し羽黒山修験本宗の本山となっています。又、羽黒山には伯禽島姫=玉依姫命=羽黒神という考え方があった事から女性の参拝者が多かったとされますが荒澤寺は女人禁制が続けられ、境内には女人結界石が建立され当時の名残が残されています。庄内三十三観音霊場首番(札所本尊:聖観世音・御詠歌:ひとのよの ねがひもつみの やまふかく のぼればきよき のりのつきかげ)。荘内平和観音百八霊場首番(御詠歌:いとわずな しげる夏草 わけゆかば 誰かは濡れる 袖やあらさわ)。本尊:大日如来・阿弥陀如来・観音菩薩。

荒澤寺:写真

羽黒山荒澤寺
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