羽黒山金剛樹院

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概要・歴史・観光・見所

羽黒山金剛樹院(出羽三山)概要: 金剛樹院は山形県鶴岡市羽黒町手向に境内を構えている天台宗の寺院です。金剛樹院の創建は崇峻天皇元年(588)、能除太子(崇峻天皇第3皇子蜂子皇子の別称とされる)により開かれたのが始まりとされます。

往時は寺運が隆盛し羽黒山十大伽藍(羽黒山寂光寺・添川山賀我寺・広澤山荒澤寺・堂塔山龍水寺・南流山禅定寺・手向山中禅寺・来迎山千勝寺・医王山機乗寺・不動山嘉祥寺)の1つに数えられた来迎山千勝寺の首坊で勅使の宿坊にも指定されていました。

その後衰微しましたが康永3年(1334)、権律師智弁が再興し境内が整備され、江戸時代初期には山形藩主最上義光の局である妙円禅尼が当寺の境内裏山に隠遁し慶長16年(1611)には本堂を再建、持佛だった聖観世音像を奉納しています。

文政5年(1822)に宿坊街である手向村大火に類焼し本堂以下、多くの寺宝、記録などが焼失し、さらに明治時代初頭に発令された神仏分離令とその後に吹き荒れた廃仏毀釈運動により荒廃しました。

出羽三山の多くの堂塔、寺院が廃される中、羽黒山では正善院荒澤寺、金剛樹院の三ヶ寺だけが残され法灯を伝えています。

現在の観音堂は文政13年(1830)に羽黒山別当山海僧正が建立したもので宝形造、銅板葺、桁行3間、梁間2間、正面1間向拝付、外壁は真壁造、板張黒色。

庄内三十三観音霊場第2番札所(札所本尊:聖観世音・御詠歌:よのひとを もれなくすくひ たもうこそ わがみほとけの ちかひなりけり)。荘内平和百八観音霊場第4番札所(御詠歌:うるわしき 花をささげよ 手向やま わきても薫る 心この花)。宗派:天台宗。本尊:聖観世音菩薩 。

羽黒山金剛樹院:写真

羽黒山金剛樹院
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