新庄城: 戸沢神社

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概要・歴史・観光・見所
戸沢神社(新庄城)概要: 戸沢神社の創建は明治27年(1894)に旧家臣や領民が新庄藩主の遺徳を讃え、戸沢家の始祖である戸沢衡盛と新庄藩の藩祖となった戸沢政盛の御霊を新庄城本丸跡地に勧請されたのが始まりとされ、大正3年(1914)以降から11代藩主戸沢正実の御霊が合祀されています。大正5年(1916)には県社に列し饌幣帛料供進神社に指定されています。境内には新庄城の鎮守社で歴代藩主から崇敬庇護された天満宮と新庄出身で国の為に命を落とした御柱を祭る護国神社が建立されています。祭神の戸沢衡盛は常陸平氏や越後平氏、伊勢平氏などの祖となった平国香の嫡男平貞盛(鎮守府将軍)の孫にあたる人物で当初は大和国吉野郡尾輪を領し平衡盛と称していましたが、治承元年(1177)に陸奥国岩手郡滴石戸沢郷を賜り地名に因み戸沢氏を称し戸沢家の祖となりました。戸沢政盛は出羽仙北郡角館を本拠とした戦国大名で慶長5年(1600)の関が原の戦いで東軍に組し、その功により慶長7年(1602)に松岡藩4万石(常陸多賀郡、茨城郡など)に移封、さらに正室として鳥居元忠の娘を迎え慶長19年(1614)と慶長20年(1615)の大坂の陣の功により新庄藩6万石(出羽最上郡、村山郡)で加増移封され初代新庄藩主に就任しています。戸沢正実は幼少でありながら新庄藩最期の藩主となる11代藩主に就任し、白石城(宮城県白石市)で調印された奥羽越列藩同盟に一時参加するものの逸早く官軍側に付いて近代新庄を切り開いた人物とされます。社宝として菊花御紋の旗が保管されています。祭神:戸沢衡盛、戸沢政盛、戸沢正実。

戸沢神社:写真

戸沢神社
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