新庄市: 天満神社

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概要・歴史・観光・見所
天満神社(新庄市)概要: 天満神社の創建は不詳ですが、古くから戸沢氏の氏神として崇敬庇護されてきました。慶長7年(1602)、戸沢政盛は関が原の戦いの功により本拠だった出羽仙北郡角館から常陸国松岡に移封になると天満神社も遷座し元和8年(1622)に新庄藩に移封になると松岡から新庄城下へ遷座しました。新庄城が完成すると寛永5年(1628)に現在地である新庄城の本丸西南に再度遷座し、戸沢家の氏神だけでなく城の鎮守社として歴代新庄藩主が庇護しました。慶長4年(1868)の戊辰戦争の際、新庄藩は比較的早くに奥羽越列藩同盟を脱退し新政府軍に与した為、庄内藩に攻められ新庄城が落城、藩主の戸沢正実も久保田藩に離脱しましたが、奇跡的に天満神社に大きな被害を受けませんでした。明治4年(1871)に発令された廃藩置県により新庄藩は廃藩となり新庄城も廃城となりましたが、ここでも天満神社が残され明治6年(1873)に郷社、明治12年(1879)に県社に列し大正11年(1922)に天満宮から天満神社に社号を改めています。

現在の天満神社社殿は寛文8年(1668)に2代藩主戸沢正誠が再建し、延宝8年(1680)に息子である政武の健康長寿を祈願して屋根の葺き替えなどの改修を行った建物で、拝殿は入母屋、茅葺、平入、桁行2間、梁間1間、正面1間向拝付、外壁は真壁造、板張素地。本殿は一間社流造、茅葺、外壁は真壁造、板張り素地。本殿、拝殿とも江戸時代初期に建てられた神社社殿建築の遺構として貴重な事から昭和62年(1987)に山形県指定有形文化財に指定されています。又、天満神社の例祭(現在の新庄まつり)が現在のような形式になったのは宝暦6年(1756)に宝暦の大飢饉の被害者の鎮護と豊作祈願をする為とも言われ「東北三大山車祭」の1つにも数えられています。主祭神:菅原道真。

天満神社:写真

天満神社
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