直江兼続の鉄砲鍛造遺跡(米沢市・白布温泉)概要: 白布温泉では慶長9年(1604)、上杉景勝の執政である直江兼続に命じて鉄砲造りが行われました。兼続は現在の滋賀県長浜市から吉川惣兵衛、大阪府堺から和泉屋松右衛門と2人の鉄砲職人を招集し火縄銃を製造、その数は1000挺余りに及んだとされます。周辺は人目につかず、鉄砲鍛冶で使う大量の炭や、火薬の原料となる硫黄などが容易に調達出来たとされ、火縄銃を製造所で働いていた人達は白布温泉の湯宿を度々利用し記録として残っています。白布温泉で製造された火縄銃は米沢藩の鉄砲隊に欠かせぬものとなり、慶長19年(1614)の大坂の陣では大きな働き行っています(2代将軍徳川秀忠からは直江兼続に感状と太刀、小袖が贈られ、本多正純からは須田長義、水原親憲、黒金泰忠がそれぞれ感状と賞が送られています)。石碑は昭和45年(1970)に建立されたもので「直江城州公鉄砲鍛造遺跡」と刻まれています。
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