日枝神社(酒田市)概要: 日枝神社は山形県酒田市日吉町一丁目地内に鎮座している神社です。日枝神社の創建年は不明ですが、最上川の対岸にある宮野浦から室町時代後期に酒田に遷座され産土神になったと伝えられています。
現在の本殿、拝殿は天明年間(1781〜1789年)に本間光丘(本間家3代目当主)が造営寄進したものを明治27年(1894)の酒田大地震後に改修したもので、入母屋、瓦葺き、正面に大きな千鳥破風があり、向拝の幅は2間あり4本の柱で支え上部は唐破風が設ええています。
彫刻も細部に渡り細かく施され、特に4本の蝦虹梁にはそれぞれ猿が屋根を支えています。秋田県南部から山形県北部の社寺建築に見られる力士像の形態を継承しながら、日枝神社(日吉神社)特有の猿信仰(猿は神の使いとされる。)と結び付いたと思われます。又、神社正面には大きな山王鳥居が立ち、これも坂本にある日吉神社同様に系列神社特有の鳥居の形式を継承しています。
鳥居を入ると随神門が見えてきます。この随神門は元々天明7年(1787)に建てられていたのですが、明治27年(1894)の酒田大地震で完全に倒壊した為、本間光輝が8年の歳月をかけ明治35年(1902)に再建したものです。
形式は入母屋、桟瓦葺き、三間一戸、桁行3間、張間2間、八脚楼門、外壁は真壁造り板張り、上層部には東郷平八郎の揮亳「至誠通神」の扁額が掲げられ高欄が廻っています。
日枝神社も長い間神仏混合だったようで、神社山門も当時の名残を継承した形を取っています。明治初頭に発令された神仏分離令で、神社にあった山門は破棄されたり、金剛力士像のみ寺院に移されたり、随神を祀る随神門へと変節したりと様々な経緯を辿っています。
例祭である「酒田祭り」は慶長9年(1609)から継承されてきた「山王祭」を前身とする大祭で現在は庄内三大祭りの1つとして大いに賑わいをみせます。祭神:祭神:大己貴命、大山昨命、胸肩仲津命。
【 参考:文献等 】
・ 現地案内板(山王鳥居・随身門)-日枝神社
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