天童城: 愛宕神社

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概要・歴史・観光・見所
愛宕神社(天童城)概要: 愛宕神社の創建は永和3年(1377)、新たに天童城の城主となった里見氏(後の天童氏)が氏神として日頃から侵攻していた勝軍地蔵を勧請したのが始まりとされます。天正12年(1584)、山形城の城主最上義光が天童城を攻略し、天童氏がこの地を離れると義光は天童城を廃城とし、天正13年(1585)に改めて主郭に社殿を造営し勝軍地蔵を祭り社領1370石を寄進しました。元和8年(1622)最上家はお家騒動の為改易になりますが、周囲からの崇敬が厚く江戸時代には末社48社を数え寺運も隆盛しています。古くから神仏習合していましたが明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が廃され県社に列し山形盆地の最上川以東の総鎮守となっています。

現在の愛宕神社社殿は延宝6年(1678)に造営されたもので、拝殿は寄棟、鉄板葺、平入、桁行6間、梁間3間、正面1間向拝付、向拝には木鼻には獅子、獏、欄間には精緻な花鳥の彫刻、幣殿は狩野派によって描かれた鷹、松、椿、板戸には唐獅子が描かれ薬師十二神将が安置されています。本殿は覆屋内部にある為に不詳。愛宕神社社殿はは江戸時代初期の神社社殿建築の遺構で桃山文化を継承する貴重なものとして昭和46年(1971)に天童市指定有形文化財に指定されています。又、社宝である「紙本著色神馬図」と石灯籠の竿柱も同様に文化財指定されています。祭神:火産霊大神。境内社である天童神社は案内板によると「 少彦神命と北畠天童丸を祀る。南北朝時代(14世紀)南朝方の重臣北畠氏の一族である天童丸はこの地を根拠として活躍したが、後敗れて津軽鯵ヶ沢に逃れた。 天童市 天童市ライオンズクラブ 」とあります。

愛宕神社の文化財
・ 愛宕神社社殿−延宝6年−桃山時代の作風−天童市指定文化財
・ 紙本著色神馬図-最上家信奉納,縦188p×横212p-天童市指定文化財
・ 石燈籠の竿柱−慶長14年−氏家光氏奉納−天童市指定文化財

愛宕神社:写真

愛宕神社
[ 付近地図: 山形県天童市大字北目字城山 ]・[ 天童市・歴史・観光 ]
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