天童市: 格知学舎

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概要・歴史・観光・見所
格知学舎(天童市)概要: 格知学舎は明治2年(1869)に浄土真宗の僧本沢竹雲が開いた私塾です。竹雲は長谷堂にある西養寺の子として生まれ、12歳で明円寺の養子となっています。片山塾や梁川星巌、藤森弘庵、安井息軒などに師事し慶応3年(1867)上山藩の藩校明新館で教師となります。明治維新後は明新館が閉鎖され、同時に東村山郡貫津村の名主であった結城六右衛門に招かれ、「格知学舎」を開く事になりました(月光精舎、翠涛書院、五老学校の別称があります)。格知学舎では主に漢学、儒学、仏教、神道を教え反欧化思想を持っていた為、常に和装にちょんまげをしていて弟子達にも強要していたそうです。私塾は昭和21年(1946)まで続き卒業者は180人を数えます。現在は明治3年(1870)に建てられた校舎(木造2階建、桁行10間、梁間4.5間)がそのままの姿で残っており昭和27年(1952)に山形県指定史跡に指定されています。竹雲の遺品や書籍、学舎関係の資料など3種5312点が昭和50年(1975)に山形県指定有形文化財(歴史資料)となっています。又、庭には明治2年(1869)に京都嵐山から移植された40本の紅葉があり紅葉の名所となっています。



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