長井市: 総宮神社

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概要・歴史・観光・見所
総宮神社(長井市)概要: 総宮神社は案内板によると「当社は平安の昔、坂上田村麻呂将軍が蝦夷地征服の際、日本武尊の御神徳を追尊して白鳥の社をここに創建されたのが始まりと伝承されているものである。鎌倉時代以後、長井、伊達、蒲生、上杉と歴代の領主の信仰厚くした長井郷44カ村の神社をここに合祭し、下長井郷総鎮守の社として総宮の社号を定めたものと伝えられる。当地の旧村名宮村はこの社に由来するもので特に「宮の明神参り」は江戸時代に最高の賑わいを呈したものであったという。現在の御本殿は、名君上杉鷹山公ゆかりの官材を下賜せられ、郷民のすばてが浄財を寄進して建立されたものである。御宝物に木造男神像、木造観音立像外懸仏、鬼面、古鏡、獅子頭など貴重な文化財を伝えている。 中央地区文化振興会」とあります。

慶長3年(1598)に上杉景勝が春日山城(新潟県)から会津黒川城(福島県会津若松市)に移封となり上杉家執政直江兼続が米沢城に配されると、長井郷の総社である総宮神社に参拝に訪れ剣刀を寄進し杉(直江杉)を植樹しました。慶長5年(1600)の関が原の戦いの際、兼続は上杉軍を率いて最上領に侵攻、出羽の関が原とも言われた長谷堂城の攻防戦に伴い、長谷堂城周辺の神仏を総宮神社境内に遷座合祀しています。古くから神仏習合していましたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏教色が一掃され明治5年(1872)に郷社、明治13年(1880)に県社に列し、明治40年(1907)に神饌幣帛料供進社に指定されています。

現在の総宮神社本殿は天明2年(1782)、米沢藩9代藩主上杉鷹山が木材を寄進し住民の浄財により再建されたもので、三間社流造、銅板葺、向拝や妻壁、懸魚などに精緻な彫刻が施され、江戸時代中期の大型神社本殿建築の遺構として貴重な事から平成3年(1991)に長井市指定文化財に指定されています。祭神:日本武尊。合殿神:大巳尊命、天児屋根命、稲倉魂命。

総宮神社の文化財
・ 本殿−天明2年−三間社流造、銅板葺−長井市指定文化財
・ 木造彩色男神坐像(5躯)−平安時代−長井市指定文化財
・ 木造彩色観音立像(1躯)−室町時代−長井市指定文化財
・ 鬼面(3対6点)−天明2年など−長井市指定文化財
・ 獅子頭(4点)−室町時代、寛文11年に修復−長井市指定文化財
・ 獅子舞(総宮神社獅子舞保存会)−長井市指定無形民俗文化財

総宮神社:写真

総宮神社
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