鶴岡市: 山王日枝神社

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概要・歴史・観光・見所
山王日枝神社(鶴岡市)概要: 山王日枝神社の創建は不詳ですが鶴岡地方最古の古社とされ大宝寺村(現在の鶴岡市)が開村時には既に鎮座していたそうです。歴代領主からも崇敬庇護され慶長16年(1611)に山形城主最上義光が社殿を造営し、翌、慶長17年(1612)に社領98石を寄進しています。元和8年(1622)に最上家が御家騒動により改易になり、酒井忠勝が庄内藩(藩庁・鶴ヶ岡城)に入封すると当地の産土神に指定し、以後、歴代酒井家が崇敬庇護し引き続き社領98石が安堵されました。元禄11年(1698)、酒井家によって社殿が造営され境内も拡張、文化13年(1816)には神位正一位に列し、社号を「山王権現」から「日吉大明神」に改称しています。明治時代初頭に発令された神仏分離令されると仏式が廃され明治2年(1869)に社号を「日枝神社」に改称し明治6年(1873)に県社に列しています。

山王日枝神社の境内社である複鎮霊社は案内板によると「徳川家康の長男岡崎三郎信康が、天正7年(1579)9月15日織田信長より、十二ヶ条の罪状を示され、父、家康の命によって、生母築山殿と共に非情の死を遂げた。この事件に酒井忠次(庄内藩酒井氏の祖)が徳川の重臣としてかかわりをもていたため、庄内藩では、後年、貞享2年(1685)一社を建て、その霊を弔ったものである。「複鎮霊社」と称したのは、幕府をはばかったためであろう。」とあります。

山王日枝神社の境内社厳島神社の境内に建立されている芭蕉句碑は天保14年(1843)に淡遊(庄内藩士、弭間貞松、合漠舎)が建立したもので、元禄2年(1689)、松尾芭蕉奥の細道で鶴岡の長山重行宅で詠んだ「珍らしや 山を出羽の 初茄子び」の句が刻まれています。社宝が多く和算家阿部重道の門人が奉納した算額が鶴岡市指定文化財に樹齢300年の大ケヤキが鶴岡市指定天然記念物に指定されています。例大祭:5月17・18日。祭神:大己貴命、山末之大主大神、市杵島姫命。

山王日枝神社:写真

山王日枝神社
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