出羽三山神社:歴史的建築物

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羽黒山天地金神社羽黒山天地金神社
羽黒山天地金神社は室町時代初期の応永年間に法性院尊量が創建しました。その後荒廃しましたが、江戸時代中期の安永年間に智憲院宥然により再興されています。神仏習合時代の建物で華頭窓などに名残が見られます。
随神門随神門
随神門は江戸時代中期の元禄年間に矢島藩の藩主生駒家から寄進されたもので、当時は羽黒山の仁王門でしたが、神仏分離令後に仁王像が他所に移され出羽三山神社の随神門となっています。三間一戸、八脚単層門。
羽黒山五重塔羽黒山五重塔
羽黒山五重塔は平安時代後期に平将門によって初めて造営され、室町時代初期に大宝寺政氏によって再建されています。搭高24m、三間五重塔婆、日本三大五重塔、国宝。神仏分離令後は出羽三山神社の末社千憑社の社殿。
斎館(旧華蔵院)斎館(旧華蔵院)
・現在、出羽三山神社の斎館として利用されている建物は、江戸時代中期の元禄年間に三先達寺院の1つ華蔵院の堂宇として建てられたもので、明治時代の神仏分離令後に華蔵院が廃寺となり斎館となっています。鶴岡市指定文化財。
羽黒山厳島神社羽黒山厳島神社
羽黒山厳島神社は弁天堂として創建されましたが、神仏分離令により改めて市杵島姫命の分霊が勧請され社号を「厳島神社」に改めました。華頭窓があるなど御堂の名残が見られ、精緻な彫刻が見られます。鶴岡市指定文化財。
蜂子神社蜂子神社
蜂子神社は江戸時代初期の元和年間に宥俊が蜂子皇子の尊像を祭る為に設けた開山堂を前身としています。明治時代の神仏分離令後に蜂子神社に改め、出羽三山神社の境内社となっています。社殿は鶴岡市指定文化財に指定されています。
三神合祭殿三神合祭殿
出羽三山神社三神合祭殿は江戸時代後期の文政元年(1818)に羽黒修験の根本道場として造営された建物です。神仏分離令により、出羽神社の社殿に転じられ、その後、月山神社と羽黒山神社が祭られるようになりました。国指定重要文化財。
鐘楼堂鐘楼堂
鐘楼堂は仏教色の強い建物ですが神仏分離令後も出羽神社の境内に残されました。現在の建物は江戸時代初期の元和4年(1618)に山形藩の藩主最上家信が奉納したもので、今では珍しい茅葺屋根です。国指定重要文化財。
羽黒山東照宮羽黒山東照宮
羽黒山東照宮は江戸時代初期の正保2年(1645)に天宥法印によって創建されたもので、幕府からの庇護を確立する為の画策と思われます。現在の羽黒山東照宮社殿は江戸時代中期の元禄年間に造営された建物です。鶴岡市指定文化財。
出羽三山神社
出羽三山神社【出羽三山神社・概要】−出羽三山神社(山形県鶴岡市)は、出羽神社月山神社湯殿山神社の三社を合わせた総称です。創建年は飛鳥時代の推古元年(593)に朝廷内で争乱が発生し、その争いを避ける為、崇峻天皇の第3皇子である蜂子皇子が都を密かに脱出し出羽国に至り、三本足の烏(八咫烏)の導きにより羽黒山の山頂に至り、羽黒大権現の出現を得たのが始まりとされます。蜂子皇子は修行を重ねながら月山、湯殿山を次々に開山し出羽三山の基礎を築きました。時代が下がると月山神社と伊デ波神社(後の出羽神社)は出羽国の有力な神社として信仰されるようになり、延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳では月山神社が名神大社、伊デ波神社は式内小社に列しています。平安時代後期には神仏習合し、次第に仏教色の強い修験道の一大拠点として発展するようになり、周辺大名も無視できない広大な領地と、屈強な僧兵を擁しました。戦国時代になると庄内地方を支配した大宝寺氏(武藤氏)が出羽三山に大きく干渉し、一族を別当に就任させて保護しています。大宝寺氏と最上氏の争乱や上杉氏と最上氏の争乱などで境内が荒廃しますが、江戸時代に入ると山形藩主となった最上家が庇護し、さらに別当職となった天宥法印は幕府の庇護を得る為に幕府の重鎮である天海大僧正に師事し、出羽三山のうち羽黒山と月山を天台宗に改宗させ、中興を果たしています(羽黒山は真言宗系を維持しました)。江戸時代中期以降になると信仰が全国に広がり、一般庶民の行楽嗜好が高まるに連れ、多くの人々が出羽三山登拝を目指し、門前町は活況を呈しました。明治時代に入ると、神仏分離令、廃仏毀釈運動、修験道廃止令と、出羽三山にとって不利な法令が次々と発布され、結果的に多くの僧侶は還俗して神官となり、羽黒山は出羽神社、月山は月山神社、湯殿山は湯殿山神社となり、ブ仏教色の強い仏像や法具は破棄又は関係の強かった寺院に移され、堂宇の大部分が破却されました。又、月山と湯殿山は登拝する事は困難だった為、羽黒山に鎮座する出羽神社の社殿に合際され、社殿は三神合際殿(国指定重要文化財)と呼ばれるようになっています。

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