三輪家住宅(上山藩武家屋敷)

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概要・歴史・観光・見所
三輪家住宅(上山藩武家屋敷)概要: 三輪家に初代は中津藩(現在の大分県中津市)10万石の藩主奥平家の家臣飯田一翁の次男で飯田小助と称していましたが寛政8年(1796)に松平信吉(藤井松平家嫡流11代当主、上山藩5代藩主)の家臣になり性を三輪十郎左衛門重胤に改めました。以後、100石、10人扶持の家禄を与えられ側用人準参政となり江戸藩邸に勤務しました。2代重孝は側用人、勝手方などの要職を歴任し後年は上山藩の藩政に関わり惣領席や藩校である明新館の教師なども勤めています。三輪家住宅の建物は文化年間(1804〜1818)と推察され、木造平屋建て、寄棟、茅葺、平入、武家中門造り、外壁は真壁造り、庭園側に一部張り出し座敷を配し座敷から庭園が眺められるようになっています。庭園は八幡堂堰から水を引き込んだ池を中心に松や樅、躑躅などを植えた武家庭園で建物も改修などが一部見られますが基本構造が当時のまま継承し上山藩中級武家屋敷の風情を今日まで伝えています。三輪家住宅は江戸時代後期に建てられた中級武家屋敷の遺構として貴重な事から平成4年(1992)に上山市指定有形文化財に指定されています。

三輪家住宅:写真

三輪家住宅
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