栗川稲荷神社(上山城鎮守社)

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概要・歴史・観光・見所
栗川稲荷神社(上山城鎮守社)概要: 栗川稲荷神社の創建は不詳ですが藤井松平家が古くから奉祭し、庭瀬藩(岡山県岡山市北区庭瀬)時代には藩庁が置かれた庭瀬陣屋の鎮守社として陣屋内に鎮座していました。元禄10年(1697)松平信通が上山藩の移封が決まり、稲荷神社の御神体を奉持しつつ利根川の前の宿場(武蔵国北葛飾栗福)の本陣で宿泊しました。するとその夜、信通の夢枕に稲荷神の化身が立ち、ただちに出立し利根川を渡らなければ大惨事になると告げました。信通は家臣達を急ぎ起こすと夜の内に宿場を離れ利根川を渡りきると、急に天候が崩れ大洪水となり、宿泊していた宿場町は壊滅的な被害を受けました。稲荷神の御告げにより無事に赴任先の上山に辿り着くと信通は感謝の意から本城となる上山城に鎮守社として社殿を造営し、栗山の「栗」と利根川の「川」に因み栗川稲荷神社と名付け篤く帰依しました。その後も上山藩主を歴任した歴代松平家が庇護し、社運も隆盛しましたが、明治4年(1871)に上山藩が廃藩となり上山城も廃城になると松平家は東京へ居を移した為庇護者を失い一時荒廃します。明治7年(1874)、上山城下住の清水屋中村利蔵が現状を憂い、上山城から現在地である松山台に社殿を造営し遷座しました。以降は周辺の人々だけでなく遠方からも信仰が厚く、年々鳥居や石灯籠などが奉納され、現在では千以上の鳥居と120基の石灯籠が参道の中に並んでいます。祭神:稲倉魂命。

栗川稲荷神社:写真

栗川稲荷神社
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