森本家住宅(上山藩武家屋敷)概要: 森本家は丹波国多紀郡大雲郷(現在の兵庫県多紀郡福井村)出身の武士で初代となる森本七郎兵衛秀孝が当時丹波篠山藩(現在の兵庫県篠山市)5万石の藩主だった松平忠国(藤井松平家嫡流4代目当主)の家臣となり、元禄10年(1697)に松平信通(藤井松平家嫡流6代目当主)が上山城(月岡城)に配置換えになると森本秀盛(森本家3代)が随行し宝永3年(1706)に上山に入っています。
特に藩主随伴役が多く、代によっては長柄奉行や御側目付、藩校の教師などを務めた家柄で明治維新を迎えています。森本家住宅は文久年間(1861〜1863年)以前に別家が建てられたものを森本家が引っ越した際改修を加えたもので建物は、木造平屋、武家中門造り、寄棟、茅葺で玄関や座敷廻りに格式の高さを感じる事が出来ます。
森本秀晋(森本家11代、上山藩の藩校明新館の教師、藩主の訓育掛)はこの住宅に愛着を感じ、本邸を「錦嫡亭」、庭園を「黄華園」と命名し整備を進めたそうです。森本家住宅は江戸時代に建てられた中級武家屋敷の遺構として貴重な事から平成4年(1992)に上山市指定有形文化財に指定されています。
【 参考:文献等 】
・ 現地案内板-上山市教育委員会
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