山形市: 金勝寺

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概要・歴史・観光・見所
金勝寺(山形市)概要: 仏母山金勝寺の創建は暦応3年(1340)夢窓国師によって開かれたのが始まりと伝えられています。又、一説には以前当地を支配していた山家氏の菩提寺で法相宗の建正寺が金勝寺の前身との伝承があるそうですが、寺の記録では記述されていないそうです。夢窓国師は南北朝時代から室町時代初期にかけての臨済宗の高僧で特に作庭に長けていた事から金勝寺の庭園も夢窓国師が作庭したとも支持したとも云われています(夢窓国師が作庭したと伝わる京都の西芳寺庭園と天龍寺庭園は世界遺産、国の特別名勝に指定されています)。当初は臨済宗の寺院でしたが、天文2年(1533)瑞雲院新庄市:江戸時代には新庄城の城主戸沢家の菩提寺)五世三光存辰和尚によって再興された際に曹洞宗に改宗しています。山形城の2代城主最上(斯波)直家の菩提寺として知られ應永17年(1410)、直家が死去すると金勝寺境内に葬られ、戒名も寺号である「金勝寺」に因み「金勝寺殿潭光公大居士」と号しました。3代満直は父親の菩提を供養する為、金勝寺の堂宇の再建や境内の整備、寺領の寄進などを行い、以後、歴代最上家の庇護の下寺運も隆盛し、最上義光の代には寺領100石が安堵されています。江戸時代に入り最上家は御家騒動により没落しますが、3代将軍徳川家光はじめ歴代将軍が寺領100石を引き続き追認しています。境内には山家氏の縁があるとされる摩利支天堂や京都の仏師が彫刻したという五百羅漢が安置されている五百羅漢堂、最上(斯波)直家の墓碑などがあり風致に満ち古寺の雰囲気があります。宗派:曹洞宗。本尊:釈迦如来。御詠歌:ありがたや仏の母のやまなれば 峯ふく風もすずしかるらん。

金勝寺:写真

金勝寺
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