米沢市: 遠山観音(西明寺)

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概要・歴史・観光・見所
遠山観音(西明寺)概要: 恵日山西明寺の創建は鎌倉時代の建長年間(1249〜1256年)に開かれたのが始まりとされます。伝承によると鎌倉幕府執権を務めた北条時頼が最明寺時頼入道道と名を変え諸国を巡錫した際、越後の貧しい農家に一泊、その翌日難産続きの女房から1人の赤ん坊が安産で生まれると時頼から西明寺の名前が授けられました。西明寺が成人し鎌倉幕府に出仕し自らの出生を語ると、幕府から諸税が免ぜられ、その後出家し寺院を創建したと伝えられています。中世に入ると上杉家から崇敬庇護され、上杉家の米沢城移封に伴い慶長年間(1596〜1614年)に越後から米沢に移されました。

遠山観音堂に安置されている十一面観世音菩薩坐像は天正16年(1588)に七条大仏師である法印康佑と大弐によって彫刻されたもので木造、金泥、玉眼、寄木造、像高87.8cm、建築年代と製作者が明確で意匠的にも優れている事から昭和63年(1988)に米沢市指定文化財に指定されています。

遠山観音境内は景勝地として知られ江戸時代初期には上杉家の執政を司った直江兼続が紅葉狩りで当寺を訪れ「遠山西に望む西明寺 はるかに憶う最明寺投宿の秋 暮月林間まさに外にめぐらんとし 無端の衣色金風に満つ」の詩を残しています(境内には北条時頼の位牌が安置)。境内の最上部にある遠山薬師は古くから上杉家の祈願所として庇護され、万治元年(1647)には4代藩主上杉綱勝が正室である媛姫(保科正之の長女)の大病平癒を祈願を行い虎の尾樅を植樹、念願成就した万治3年(1660)に薬師堂を再建しています(本尊として鎌倉時代に彫刻された像高54cmの薬師瑠璃光如来坐像 が安置されています)。

薬師堂は元々、羽山神社の別当である医王寺の一宇でしたが明治時代初頭に発令された神仏分離令により医王寺が廃寺になると西明寺の所管となっています。虎の尾樅は推定樹齢300年、樹高22m、根回り3mの巨木で昭和31年(1956)に山形県指定天然記念物に指定されています。置賜三十三観音霊場第26番札所(札所本尊:十一面観世音菩薩・御詠歌:とふやまに いそげばちかし みほとけの おしへにまかす ちかひなりけり)。宗派:真言宗。

遠山観音:写真

遠山観音(西明寺)
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