温海(山形県鶴岡市)

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奥の細道・山形県編

元禄2年(1689)6月25日(新暦8月10日)松尾芭蕉と河合曾良は大山山形県鶴岡市)を出立。まず、難所である由良峠を越えて三瀬宿に入り、引き続き羽州浜街道を南下し小波渡宿、大波渡宿を通過、日本海の荒波によって形成された鬼かけ橋(潟苔沢)た立岩などの奇岩怪石などを見学しつつ午後2時前後に温海宿に到着。弥三良の添え状により鈴木所左衛門邸に宿泊しています。

三瀬宿・概要: 三瀬宿は羽州浜街道の宿場町で、鶴ヶ岡城の城下に続く街道との分岐点にもなっていた為に交通の要衝として発展しました。鎮守である三瀬気比神社は軍記物である「義経記」の舞台にもなっていました(三瀬気比神社は当時、薬師堂と呼ばれ、源義経一向は2〜3日雨宿りをしていたそうです)。

三瀬宿:町並み 三瀬宿:町並み 三瀬気比神社 三瀬海岸

立岩・塩俵岩・概要: 羽州浜街道沿いにある奇石怪石で、立岩は高さ51m、頂上部に生えているマルバシャリンバイは昭和31年(1956)に山形県指定天然記念物に指定されています。立岩の傍らに鎮座する矢除神社は景行天皇の時代、朝廷方の遠征軍が当地まで進軍し地元の軍勢と交戦した際、朝廷方の弓矢による一斉攻撃を地元軍が立岩を矢除として利用し見事撃退に成功したとの伝承が残されています。塩俵岩は柱状節理の玄武岩が日本海の荒波と吹き付ける強風によって浸食され俵のような模様がついています。曾良日記には特に「塩俵岩」の名称は記載されていませんが「色々ノ岩組景地有」の中に含まれていると思われます。塩俵岩の目前には芭蕉の句碑「あつみ山や 吹浦かけて 夕涼み」の句碑が建立されています。

立岩 塩俵岩 塩俵岩 芭蕉句碑「あつみ山や 吹浦かけて 夕涼み」

温海宿・概要: 三瀬宿から温海宿までは約3里半、温海宿から鼠ヶ関宿までは2里18町。付近は鼠ヶ関宿から3番目の米子一里塚があります。

温海宿:鈴木所左衛門邸 温海宿:町並み 温海宿:路地 温海宿:町並み

6月26日(新暦8月11日)、2人は温海宿を出立。ここで2人は別れ、芭蕉は馬に乗って鼠ケ関に向かい、曾良は温海温泉に見物してから出羽街道に出て越後に入り夕方に中村宿(北中)で芭蕉と合流して宿泊しています。

ここでよく問題になるのが何故2人は別行動をとり、翌日合流したのかという謎です。当時は関所が各地に設けられていた事もあり藩境を越えるにはそれなりに手続きが必要となり、今まで2人で行動してきた以上、単独で関所を通過するのは疑念が持たれ許可が得られなかった可能性があります。曾良日記にも詳しい事情が記載されておらずあくまでも推測ですが、素直に読めば芭蕉は羽州浜街道にある鼠ケ関関所、曾良は出羽街道の小国番所から越後国に入り、それぞれ出入国に通行手形や添え状などを事前に用意していたと思われます。理由は全くの謎で、芭蕉は「義経記」で義経が上陸した鼠ケ関にどうしても見学したく、曾良は温海温泉にどうしても入湯したく、どちらも譲らなかったとしか言えませんが、「奥の細道」や曾良日記ではそれらのこだわりは一切書かれていません。

鼠ケ関・概要: 古くから、越後国と出羽国の国境として関所が設けられた土地柄で、往時は「なこその関」、「白河関」と共に「奥州三関」や「奥州三古関」、「奥羽三古関」、「奥羽三関」に数えられてきました。江戸時代に入ると庄内藩の関所「念珠ヶ関」が設けられ、引き続き人物改めや荷物改めが厳しく取り締まられました。室町時代に編纂された軍記物「義経記」によると源義経は鼠ケ関で山伏の格好をして粗相のあった身分の低い人物を演じ、家臣である武蔵坊弁慶が杖で義経を叩きながら関所を抜けたとあり、その後の歌舞伎の演目「勧進帳」の原点とされます。

鼠ケ関:念珠ヶ関 鼠ケ関:源義経ゆかりの地碑 鼠ケ関:源義経上陸の地碑 鼠ケ関:町並み

温海温泉・概要: 温海温泉の開湯は不詳ですが奈良時代に役小角が発見した説や、平安時代の高僧弘法大師円仁が当地を巡錫で訪れた際、脛が傷ついた1羽の鶴が湯浴びをしていたのを発見した説などが伝えられています。鎮座する神社の由来も諸説あり熊野神社は白鳳元年(661)に役小角が由豆佐売神(湯田川温泉に鎮座している由豆佐売神社の祭神)を勧請したのが始まりとされ、温泉神社は嘉禄2年(1226)に温海山が大きく揺れ、その際温泉が湧き出た為にその守護神として温泉神(大己貴命、小彦名命)の分霊を勧請したとあります。温海温泉の背後に控える温海山は古くからの信仰の山で修験僧が修行していた事からも比較的早くから開発されていたと思われます。因みに温海山は芭蕉が酒田で詠んだ「あつみ山や 吹浦かけて 夕涼み」の句の「あつみ山」の事で曾良は温海山を間近で見たかったのかも知れません。江戸時代に入ると名湯としての名声が広がり庄内藩では湯役所が設けられ開発に尽力しています。温海山の麓に鎮座する熊野神社の参道には芭蕉供養碑が建立されています。

温海温泉:町並み・俯瞰 温海温泉:町並み 温海温泉:温海山 温海温泉:芭蕉供養碑

奥の細道の足跡一覧

温海
左
大山
左
酒田
左
象潟
左
吹浦
左
酒田
左
鶴岡
左
出羽三山
左
最上川
左
新庄
左
大石田
左
山寺立石寺
左
尾花沢
左
封人の家
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